がま口といえば私たち日本人には馴染みの深いアイテムです。
その使い勝手の良さからバッグからコインケース、はてには印鑑ケースまでいろいろなものががま口で造られ、特に女性に人気があります。
革製品はもちろん和柄の布製品も多く、外国人にも人気。ですが実は、その由来は日本ではなくフランスにあります。
がま口の歴史は明治時代に遡る
がま口の歴史は明治時代に始まります。
山城屋和助という商人が欧米の武器を輸入することを条件に政府から資金を借り、御用商人としてヨーロッパを中心に西洋ををめぐりました。
道中立ち寄ったフランスでは当時口金付きのバッグや革製品が大流行。その使い勝手の良さに山城屋和助が目をつけたのです。
カバンを日本に持ち込んだのも山城屋和助
がま口が普及するまで日本では巾着袋など袋物が主流だった。
ちなみに日本で ” カバン ” をカバンとして売り出したのも山城屋和助。
当時日本にも胴乱と呼ばれるショルダーバッグに近いものもありましたが、まだまだ風呂敷や巾着袋が主流の時代でした。
そこに西洋を巡った山城屋和助がカバンを日本へ持ち込み売り出したのが日本の ” カバン ” の歴史の始まりです。
明治時代といえば公的に肉食が解禁され、肉鍋(すき焼き)として牛肉が食されるようになった頃。
副産物として牛革が産出されており、バッグなど革製品が普及する環境は整っていました。
ファスナーなんて存在しない時代ですから、バッグや財布の口を閉じる口金を備えたがま口は爆発的に普及していきます。
少額紙幣の普及、震災による財布・バッグの流行により、がま口も大普及
そして時代は進み、大正時代に。
1917年頃、第一次世界大戦がもたらした好景気によるインフレなど経済混乱から、日本で当時使われていた小額のお金が銀貨から紙幣へ切り替わります。
これによりそれまで小銭入れサイズが主流だった財布も札入れへと改良されていきました。
また、関東大震災以降は働きやすく身軽な格好が求められるようになり、更にバッグの需要が高まります。
特に女性の社会進出に伴い、セカンドバッグやオペラバッグとして口金のついたがま口バッグが流行をみせました。
日本における社会情勢の変化もまた、当時利便性の高かったがま口が大きく躍進するきっかけとなったのです。
ファスナーの普及後は日本でもがま口よりもファスナーの方が一般的になります。
が、その後もワンタッチで開閉でき、口が大きく開くがま口は根強い人気を誇り、今に至っています。
がま口は縁起がいいもの
ちなみにがま口の名前の由来はガマガエルから来ています。大きく開いた姿がガマガエルの口に似ているから。そのままですね。
しかしそこには「 使ったお金が帰る(カエル) 」という話もあり、特に金運面で縁起が良いとされています。
なんだかお金が貯まらないなぁ、なんてガマみたいに大きな口でため息つく前に、がま口の財布を使ってみると良いかも?
がま口の由来はフランス まとめ
- がま口は明治時代の商人である山城屋和助がフランスから日本へ持ち込んだもの。
- 当時風呂敷や巾着袋しかなかった日本でワンタッチで大きく開くがま口は爆発的に普及した。
残念なことに、山城屋和助はその後明治政府への莫大な借金を返せず、自殺しています。(本当に縁起いいのかがま口。)
日本にカバンを普及させた偉人のなんともさみしい最期ですね。商売はシビア。
ともあれこれからはみなさん、がま口を見たら「 あら奥様、これはおフランスの舶来品ですこと?ウフフ 」と上品に構えてみましょう。
まず気持ち悪がられますから。